$F$ を数域(特に断りのない限り $F$ は実数全体とする)、$S$ を集合とし、$S$ の元はギリシャ文字 $\alpha, \beta, \gamma, \cdots$ で、$F$ の数は小文字ラテン文字 $a, b, c, d, \cdots, k, l, \cdots$ で表す。
$S$ の元の間に1つの演算を定義する。これを加法といい、$S$ の任意の2元 $\alpha, \beta$(同じでも異なってもよい)に対して、その和 $\alpha+\beta$ が $S$ の1つの確定した元であることを意味する。
記号で表すと $\forall\alpha\in S, \forall\beta\in S\Rightarrow\alpha+\beta\in S$、ここで $\alpha+\beta$ を $\alpha$ と $\beta$ の和という。このように定義された加法は次の規則を満たすものとする。
まず次のことを証明する。
例題4.1. $S$ の零元は唯一つに確定することを示せ。
証明. $S$ に2つの零元 $0$ と $0'$ があるとする。零元の定義より $\forall\alpha\in S$ に対して
式 (4.1) で $\alpha=0'$ とおくと $0'+0=0+0'=0'$。式 (4.2) で $\alpha=0$ とおくと $0+0'=0'+0=0$。2式を比べると $0'=0$、すなわち零元は唯一つである。以後 $S$ の零元を一律に $0$ と記す。
例題4.2. $S$ の任意の元 $\alpha$ の負元は唯一つに確定することを示せ。
証明. $\alpha\in S$ が2つの負元 $\beta$ と $\gamma$ をもつとする。負元の定義より
すると
すなわち $\alpha$ の任意の2つの負元は等しいから、$\alpha$ の負元は唯一つである。以後 $\alpha$ の負元を $-\alpha$ と記す。
例題4.3. $S$ の任意の2元 $\alpha, \beta$ について、方程式 $\alpha+\xi=\beta$ は唯一の解 $\xi=\beta+(-\alpha)$(簡略して $\xi=\beta-\alpha$)をもつことを示せ。
証明. 方程式 $\alpha+\xi=\beta$ の両辺に $-\alpha$ を加えると
$\xi=\beta+(-\alpha)$ が方程式を満たすことは、$\alpha+[\beta+(-\alpha)]=\beta+[\alpha+(-\alpha)]=\beta+0=\beta$ から確かめられる。
系:$\alpha+\beta=\alpha+\gamma$ から $\beta=\gamma$ が導ける。
次に $S$ における第二の演算を定義する。$F$ の任意の数 $k$ と $S$ の任意の元 $\alpha$ の積 $k\alpha$ が $S$ の確定した一元となる演算であり($\forall k\in F, \forall\alpha\in S\Rightarrow k\alpha\in S$)、これを $k$ と $\alpha$ のスカラー倍という。
数と $S$ の元のスカラー倍は次の演算規則を満たす。
以上の演算規則から次のことが導かれる。
例題4.4. $0\alpha=0$、$k0=0$。
証明. $k\alpha=(k+0)\alpha=k\alpha+0\alpha$、両辺に $-k\alpha$ を加えると $0\alpha=0$。
また $k\alpha=k(\alpha+0)=k\alpha+k0$、両辺に $-k\alpha$ を加えると $k0=0$。
例題4.5. $k\alpha=0$ ならば $k=0$ または $\alpha=0$。
証明. $k\neq0$ ならば $k\alpha=0$ の両辺に $\dfrac{1}{k}$ を掛けると
また $\dfrac{1}{k}(k\alpha)=\Bigl(\dfrac{1}{k}\cdot k\Bigr)\alpha=1\cdot\alpha=\alpha$。2式を比べると $\alpha=0$。
例題4.6. $S$ の元 $\alpha$ の負元 $-\alpha=(-1)\alpha$。
証明. $0=0\alpha=[1+(-1)]\alpha=1\alpha+(-1)\alpha=\alpha+(-1)\alpha$、負元の定義と一意性より $(-1)\alpha=-\alpha$。
定義4.1 集合 $S$ と数域 $F$ に対して、$S$ の元の加法およびスカラー倍を定義し、以上の演算規則(1)〜(8)を満たすとき、この集合 $S$ を($F$ 上の)線形空間という。
線形空間内で定義された2種類の演算(元の加法および数と元のスカラー倍)を線形演算という。
以下にこの抽象概念の例を挙げる。
例題4.7. 実係数の $x$ の多項式全体の集合は、多項式の加法と数と多項式のスカラー倍に関して線形空間をなす。
この線形空間の零元は数 $0$、多項式 $a_0+a_1x+a_2x^2+\cdots+a_nx^n$ の負元は $-a_0-a_1x-a_2x^2-\cdots-a_nx^n$。
例題4.8. 次数が $n$ を超えない $x$ の多項式全体の集合も線形空間をなす。
この線形空間は例題4.7の線形空間の部分集合である。
例題4.9. 定義域が $[0,1]$ の関数 $f(x)$ の全体は線形空間をなす。2つの関数 $f(x), \phi(x)$ の和 $(f+\phi)(x)$ および数 $\lambda$ と $f(x)$ のスカラー倍 $(\lambda f)(x)$ を次のように定義する。
この集合は上記の定義のもとで線形空間をなす。零元は $0(x)$($0(x)=0$、$0\leq x\leq1$)、$f(x)$ の負元は $(-f)(x)$($(-f)(x)=-[f(x)]$、$0\leq x\leq1$)。
例題4.10. 実数を成分とする $n$ 次元ベクトルの全体は、ベクトルの加法と数とベクトルのスカラー倍に関して線形空間をなす。
例題4.11. 実数を要素とする $m\times n$ 行列の全体は、行列の加法と数と行列のスカラー倍に関して線形空間をなす。零元は $\bm{0}_{m\times n}$(零行列)、$\bm{A}$ の負元は $-\bm{A}$。
線形空間内の元に加法と数とのスカラー倍を定義したことで、元の線形結合・線形従属・線形独立などの概念を定義できる。
定義4.2 ある線形空間内で線形独立な元の最大個数が $n$ であるとき、この線形空間は$n$ 次元であるという。任意の正整数 $m$ に対して線形空間内に $m$ 個の線形独立な元が常に存在するとき、この線形空間は無限次元であるという。
例題4.7は無限次元である。なぜなら任意の $m$ に対して $1, x, x^2, \cdots, x^{m-1}$ という $m$ 個の線形独立な元が存在するからである($a_0+a_1x+\cdots+a_{m-1}x^{m-1}\equiv0$ ならば $a_0=a_1=\cdots=a_{m-1}=0$)。
例題4.8の線形空間は $n+1$ 次元である。$1, x, x^2, \cdots, x^n$ が線形独立であり、次数が $n$ を超えない多項式はすべてこれら $n+1$ 個の元の線形結合であるからである。
例題4.9の線形空間は無限次元である。
例題4.10の $n$ 次元ベクトルの全体は明らかに $n$ 次元線形空間をなす。
例題4.11の全ての $m\times n$ 行列は $mn$ 次元線形空間をなす。以下では有限次元の線形空間のみを議論する。
定義4.3(部分空間) 線形空間の元の部分集合(すなわち線形空間内の一部の元からなる集合)において、その中の任意の2元の和およびスカラー倍が依然としてその部分集合に属するとき、この部分集合を線形空間の部分空間という。
明らかに部分空間の次元は元の線形空間の次元以下である。例題4.8の線形空間は例題4.7の線形空間の部分空間である。
線形空間はかなり抽象的な概念であるが、常にその背景や主要なモデル——三次元空間のすべてのベクトル $a\bm{i}+b\bm{j}+c\bm{k}$($a, b, c$ は任意の実数)——を念頭に置くとよい。
$n$ 次元線形空間 $S$ を議論する。定義より $S$ には $n$ 個の線形独立な元が存在し、$n$ 個を超える元は線形従属でなければならない。
定義4.4 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が $n$ 次元線形空間 $S$ の線形独立な $n$ 個の元であるとき、これら $n$ 個の元を $S$ の一組の基底という。
例題4.12. $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が $n$ 次元線形空間の一組の基底であれば、$S$ の任意の元 $\bm{\alpha}$ は $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ の線形結合として表せ、かつその表し方は唯一つであることを示せ。
証明. $S$ には任意の $n+1$ 個の元が線形従属であるから、少なくとも1つが0でない定数 $c_0, c_1, \cdots, c_n$ が存在して
$c_0=0$ とすると $\sum_{i=1}^n c_i\bm{\varepsilon}_i=\bm{0}$ かつ $c_1, \cdots, c_n$ の少なくとも1つが0でないこととなり、$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ の線形独立性に矛盾する。したがって $c_0\neq0$ であり、式 (4.3) より
ここで $a_i=-\dfrac{c_i}{c_0}$($i=1,2,\cdots,n$)。
表し方が唯一であることを示す。2通りの表し方があるとして
2式の差をとると $\bm{0}=(a_1-a_1')\bm{\varepsilon}_1+(a_2-a_2')\bm{\varepsilon}_2+\cdots+(a_n-a_n')\bm{\varepsilon}_n$。$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が線形独立であるから $a_i-a_i'=0$($i=1,2,\cdots,n$)、すなわち $a_i=a_i'$($i=1,2,\cdots,n$)。よって表し方は唯一である。
この唯一つの組 $(a_1, a_2, \cdots, a_n)$ を、元 $\bm{\alpha}$ の基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ のもとでの座標という。
$n$ 次元線形空間の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ を選定した後、空間内の任意の元 $\bm{\alpha}=a_1\bm{\varepsilon}_1+a_2\bm{\varepsilon}_2+\cdots+a_n\bm{\varepsilon}_n$ はその係数(座標)$(a_1, a_2, \cdots, a_n)$ で表せる。すなわち $n$ 次元線形空間の任意の元は $n$ 次元ベクトル $(a_1, a_2, \cdots, a_n)$ に対応する。以後 $n$ 次元線形空間の元を「ベクトル」と呼び、$n$ 次元線形空間を$n$ 次元ベクトル空間とも呼ぶ。
$n$ 次元線形空間 $S$ に $n$ 個の新たなベクトル $\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n'$ を与える。
問:どのような条件のもとで $\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n'$ が線形独立になるか、また線形従属になるか。
定理4.1
$\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n'$ が線形独立であることは、方程式 $x_1\bm{\varepsilon}_1'+x_2\bm{\varepsilon}_2'+\cdots+x_n\bm{\varepsilon}_n'=\bm{0}$ が零解のみをもつことと同値である。式 (4.4) を代入すると
$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が線形独立であるから各係数が0、すなわち
この方程式組が零解のみをもつことと行列式 $\neq0$ は同値であるから定理4.1が証明される。
$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が線形空間 $S$ の一組の基底であり、式 (4.4) で定まる $n$ 個のベクトル $\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n'$ が線形独立であるとき、これらも $S$ の一組の基底をなす。$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ を旧基底、$\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n'$ を新基底と呼ぶ。新旧の基底の関係は行列形式で
と表せる。行列 $\bm{C}=\begin{bmatrix}c_{11}&\cdots&c_{1n}\\ \vdots&&\vdots\\ c_{n1}&\cdots&c_{nn}\end{bmatrix}$ を旧基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ から新基底 $(\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n')$ への推移行列と呼ぶ。
定理4.1より推移行列 $\bm{C}$ は可逆であり、式 (4.5) は
と書ける。
ベクトル $\bm{\alpha}$ の旧基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ のもとでの座標を $\bm{x}=\begin{bmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{bmatrix}$、新基底 $(\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n')$ のもとでの座標を $\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ とすると、$\bm{\alpha}=\sum_{i=1}^n x_i\bm{\varepsilon}_i=\sum_{i=1}^n y_i\bm{\varepsilon}_i'$ であり行列形式で
式 (4.5$'$) を式 (4.6) に代入して新基底を消去すると
$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が線形独立であるから座標は唯一に確定し、一つのベクトルの新旧の座標の関係は
式 (4.7) は $\bm{x}=\bm{Cy}$ と略記できる。
定理4.2 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ と $(\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n')$ が $n$ 次元線形空間 $S$ の2組の基底であり、両者の関係が $(\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n')=(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)\bm{C}$($\bm{C}$ は可逆行列)であるとする。任意のベクトル $\bm{\alpha}$ の両基底のもとでの座標をそれぞれ $\bm{x}=\begin{bmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{bmatrix}$、$\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ とすれば、座標変換公式 $\bm{x}=\bm{Cy}$ が成立する。
例題4.13. $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ が $n$ 次元線形空間の一組の基底であれば、$(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2+\bm{\varepsilon}_3, \cdots, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2+\cdots+\bm{\varepsilon}_n)$ も一組の基底であることを証明し、旧基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ から新基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2+\cdots+\bm{\varepsilon}_n)$ への推移行列を求め、同一ベクトル $\bm{\alpha}$ の新旧座標の関係を求めよ。
解.
推移行列の行列式
よって $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_1+\bm{\varepsilon}_2+\cdots+\bm{\varepsilon}_n)$ は線形空間の一組の基底をなす。
一つのベクトルの新旧座標をそれぞれ $\bm{x}=\begin{bmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{bmatrix}$、$\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ とすると、それらの関係は
容易に
例題4.14. 全ての $2\times2$ 行列からなる4次元線形空間において、$\bm{\alpha}_1=\begin{bmatrix}1&1\\ 1&1\end{bmatrix}$、$\bm{\alpha}_2=\begin{bmatrix}1&1\\ -1&-1\end{bmatrix}$、$\bm{\alpha}_3=\begin{bmatrix}1&-1\\ 1&-1\end{bmatrix}$、$\bm{\alpha}_4=\begin{bmatrix}-1&1\\ 1&-1\end{bmatrix}$ が一組の基底をなすことを証明し、行列 $\bm{\alpha}=\begin{bmatrix}1&2\\ 3&4\end{bmatrix}$ のこの基底 $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \bm{\alpha}_3, \bm{\alpha}_4$ のもとでの座標を求めよ。
解. 標準基底 $\bm{\varepsilon}_1=\begin{bmatrix}1&0\\ 0&0\end{bmatrix}$、$\bm{\varepsilon}_2=\begin{bmatrix}0&1\\ 0&0\end{bmatrix}$、$\bm{\varepsilon}_3=\begin{bmatrix}0&0\\ 1&0\end{bmatrix}$、$\bm{\varepsilon}_4=\begin{bmatrix}0&0\\ 0&1\end{bmatrix}$ から基底 $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \bm{\alpha}_3, \bm{\alpha}_4$ への推移行列は
行列式
よって推移行列は可逆であり $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \bm{\alpha}_3, \bm{\alpha}_4$ は一組の基底をなす。
$\bm{\alpha}$ の新基底のもとでの座標を $\begin{bmatrix}a\\ b\\ c\\ d\end{bmatrix}$ とおくと、新旧座標の関係より
よって
$S_n$ を $n$ 次元線形空間とする。$S_n$ の変換 $\sigma$ とは、$S_n$ の各ベクトル $\bm{\alpha}$ に対して $S_n$ の一つの確定したベクトル $\sigma(\bm{\alpha})$ が対応することをいう。このベクトルを $\bm{\alpha}$ の像ベクトルという。以下では特殊な変換、すなわち線形変換を議論する。
次の2条件を満たす変換 $\sigma$ を考える。
定義4.5 線形空間内で以上の2条件を満たす変換 $\sigma$ を線形空間の線形変換という。
例題4.15. $n$ 次元ベクトル空間内で各ベクトル $\bm{\alpha}$ をそのベクトルの2倍に伸ばす変換 $\sigma$(すなわち $\sigma(\bm{\alpha})=2\bm{\alpha}$)は $n$ 次元ベクトル空間内の線形変換である。
実際
例題4.16. 実係数で次数が $n$ を超えない多項式 $f(x)$ からなる線形空間 $S_{n+1}$ において、変換 $\sigma$ を $\sigma(f(x))=f'(x)$ と定めると、$f'(x)$ は $f(x)$ の導関数であり次数が $n-1$ 以下の多項式で $S_{n+1}$ に属する。微分の線形性より
よって $\sigma$ は $S_{n+1}$ 内の線形変換である。
例題4.17. $\bm{n}=l\bm{i}+m\bm{j}+n\bm{k}$ を空間の一つの単位ベクトルとし、空間の任意のベクトル $\bm{\alpha}$ に対して $\bm{n}$ 上への射影ベクトルを $\sigma(\bm{\alpha})=(\bm{\alpha}\cdot\bm{n})\bm{n}$ と定める。点 $O$ を起点として $\bm{n}=\overrightarrow{OP}$、$\bm{\alpha}=\overrightarrow{OA}$ とすれば $\sigma(\bm{\alpha})=\overrightarrow{OA'}$($A'$ は $A$ の $OP$ 線上への射影点)。幾何学的な意味からこの $\sigma$ が線形変換であることを証明せよ。
証明. $\bm{\alpha}, \bm{\beta}$ を任意の2つの空間ベクトルとし、$\bm{\alpha}$ の終点を始点として $\bm{\beta}$ をとり、その終点を $B$ とする($\bm{\alpha}, \bm{\beta}, \bm{n}$ は一般に同一平面上にない)。$B$ の $OP$ 上への射影を $B'$ とすると
$k$ を数、$k\bm{\alpha}$ の終点を $C$ とすると幾何学の比例定理より
代数的にも証明できる。
よって $\sigma$ は線形変換である。
例題4.18. $\bm{n}=l\bm{i}+m\bm{j}+n\bm{k}$ を単位ベクトルとし、空間の任意のベクトル $\bm{\alpha}$ を $\bm{n}$ に垂直な平面 $\pi$ 内へ射影した射影ベクトルを $\sigma(\bm{\alpha})$ とする。$\sigma(\bm{\alpha})=\bm{\alpha}-(\bm{\alpha}\cdot\bm{n})\bm{n}$ であることを示し、$\sigma(\bm{\alpha})$ が三次元ベクトル空間の線形変換であることを証明せよ。
線形空間 $S$ の任意の線形変換 $\sigma$ について、次のような基本定理が成立する。
定理4.3 $\sigma$ が線形変換ならば、$S$ の零ベクトルの像ベクトルも零ベクトルである。すなわち $\sigma(\bm{0})=\bm{0}$。
任意の $\bm{\alpha}$ に対して $\sigma(\bm{\alpha})=\sigma(\bm{\alpha}+\bm{0})=\sigma(\bm{\alpha})+\sigma(\bm{0})$、よって $\sigma(\bm{0})=\bm{0}$。
定理4.4 $\sigma$ が線形変換ならば、任意のベクトル $\bm{\alpha}$ に対して $\sigma(-\bm{\alpha})=-\sigma(\bm{\alpha})$。
定理4.3より $\bm{0}=\sigma(\bm{0})=\sigma(\bm{\alpha}+(-1)\bm{\alpha})=\sigma(\bm{\alpha})+\sigma(-\bm{\alpha})$、よって $\sigma(-\bm{\alpha})=-\sigma(\bm{\alpha})$。
定理4.5 線形従属のベクトル組 $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_m$ を線形変換 $\sigma$ で変換した後、その像ベクトルも線形従属である。
$\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_m$ が線形従属であるから、少なくとも1つが0でない定数 $k_1, k_2, \cdots, k_m$ で $\sum_{i=1}^m k_i\bm{\alpha}_i=\bm{0}$ を満たすものが存在する。両辺の像ベクトルをとると
すなわち $k_1\sigma(\bm{\alpha}_1)+k_2\sigma(\bm{\alpha}_2)+\cdots+k_m\sigma(\bm{\alpha}_m)=\bm{0}$。$k_i$ の少なくとも1つは0でないから、$\sigma(\bm{\alpha}_1), \cdots, \sigma(\bm{\alpha}_m)$ は線形従属である。
線形独立なベクトル組は線形変換後に必ずしも線形独立とはならない。例えば例題4.18で $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ は線形独立であるが、$\sigma(\bm{i}), \sigma(\bm{j}), \sigma(\bm{k})$ はいずれも $\bm{n}$ に垂直な平面内にあるから線形従属となる。
定理4.6 線形空間 $S_n$ の線形変換 $\sigma$ は、$S_n$ の一組の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ の像ベクトル $\sigma(\bm{\varepsilon}_1), \sigma(\bm{\varepsilon}_2), \cdots, \sigma(\bm{\varepsilon}_n)$ を与えるだけで完全に確定する。
$S_n$ の任意のベクトル $\bm{\alpha}$ に対してその像ベクトル $\sigma(\bm{\alpha})$ が唯一つに確定することを示せばよい。$\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ が $S_n$ の基底であるから唯一つの座標 $a_1, a_2, \cdots, a_n$ が存在して $\bm{\alpha}=\sum_{i=1}^n a_i\bm{\varepsilon}_i$ となり、$\sigma(\bm{\alpha})=\sum_{i=1}^n a_i\sigma(\bm{\varepsilon}_i)$ が完全に確定する。
定理4.7 $S_n$ の $n$ 個の任意のベクトル(任意の条件なし)$\bm{\beta}_1, \bm{\beta}_2, \cdots, \bm{\beta}_n$ に対して、$S_n$ には唯一つの線形変換 $\sigma$ が存在して $\sigma(\bm{\varepsilon}_i)=\bm{\beta}_i$($i=1,2,\cdots,n$)が成立する。
$S_n$ の任意のベクトル $\bm{\alpha}=a_1\bm{\varepsilon}_1+a_2\bm{\varepsilon}_2+\cdots+a_n\bm{\varepsilon}_n$ に対して、その像ベクトルを $\sigma(\bm{\alpha})=a_1\bm{\beta}_1+a_2\bm{\beta}_2+\cdots+a_n\bm{\beta}_n$ と定める変換が線形変換であることを示せばよい。
$\bm{\beta}=b_1\bm{\varepsilon}_1+b_2\bm{\varepsilon}_2+\cdots+b_n\bm{\varepsilon}_n$ を別のベクトルとすると
$\sigma$ の定義より
また $\sigma(k\bm{\alpha})=\sigma[(ka_1)\bm{\varepsilon}_1+(ka_2)\bm{\varepsilon}_2+\cdots+(ka_n)\bm{\varepsilon}_n]=(ka_1)\bm{\beta}_1+(ka_2)\bm{\beta}_2+\cdots+(ka_n)\bm{\beta}_n=k(a_1\bm{\beta}_1+a_2\bm{\beta}_2+\cdots+a_n\bm{\beta}_n)=k\sigma(\bm{\alpha})$。
よって以上の定義による変換 $\sigma$ は線形変換であり、定理4.6・定理4.7より任意の $n$ 個の像ベクトル $\bm{\beta}_1, \bm{\beta}_2, \cdots, \bm{\beta}_n$ が一意的に $S_n$ の線形変換を確定する。
$\sigma(\bm{\varepsilon}_1), \sigma(\bm{\varepsilon}_2), \cdots, \sigma(\bm{\varepsilon}_n)$ を基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの座標で書くと
行列で表すと
行列の第 $i$ 列は $\sigma(\bm{\varepsilon}_i)$ の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの座標、すなわちこの行列は $\sigma(\bm{\varepsilon}_1), \sigma(\bm{\varepsilon}_2), \cdots, \sigma(\bm{\varepsilon}_n)$ の座標を列ベクトルとして並べた行列 $\bm{A}$ である。
行列 $\bm{A}$ は線形変換 $\sigma$ と1対1対応する関係にある(一組の固定した基底のもとで)。行列 $\bm{A}$ を線形変換 $\sigma$ の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの表現行列と呼ぶ。
定理4.8 線形空間 $S_n$ の一組の固定した基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとで、線形変換 $\sigma$ と $n$ 次正方行列 $\bm{A}$ が1対1に対応する。$\sigma$ の表現行列 $\bm{A}$ の第 $i$ 列は $\sigma(\bm{\varepsilon}_i)$ の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの座標である。
前述の4つの線形変換の例において、例題4.15の線形変換は任意の一組の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとで表現行列が $2\bm{E}_n$ である。
例題4.16の線形変換の基底 $1, x, x^2, \cdots, x^n$ のもとでの表現行列は
例題4.17の線形変換の基底 $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ のもとでの表現行列は
例題4.18の線形変換の基底 $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ のもとでの表現行列は
線形変換 $\sigma$ の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの表現行列を $\bm{A}$ とする。あるベクトル $\bm{\alpha}$ のこの基底のもとでの座標を $\bm{x}=\begin{bmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{bmatrix}$ とするとき、その像ベクトル $\sigma(\bm{\alpha})$ の座標 $\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ をどのように計算するか。
$\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ を $\sigma(\bm{\alpha})=(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ で定める。線形変換の定義と式 (4.8) より
よって
定理4.9 線形変換 $\sigma$ の基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの表現行列が $\bm{A}$、$\bm{\alpha}$ と $\sigma(\bm{\alpha})$ の当該基底のもとでの座標列ベクトルがそれぞれ $\bm{x}=\begin{bmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{bmatrix}$、$\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$ ならば $\bm{y}=\bm{Ax}$。
次の第二の問いを提起する。線形変換 $\sigma$ の表現行列は基底に依存するが、基底が変わったとき $\sigma$ の表現行列はどのように変化するか。
$\sigma$ の旧基底 $\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの表現行列を $\bm{A}$、新基底 $\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n'$ のもとでの表現行列を $\bm{B}$、新旧基底間の関係を
($\bm{C}$ は推移行列)とするとき、$\bm{A}$ と $\bm{B}$ の関係を求める。
旧基底のもとでの像ベクトルの表現
新基底のもとでの像ベクトルの表現
式 (4.10) より $\bm{\varepsilon}_i'=(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)\bm{C}_i$($\bm{C}_i$ は推移行列 $\bm{C}$ の第 $i$ 列)、両辺の像ベクトルをとると $\sigma(\bm{\varepsilon}_i')=(\sigma(\bm{\varepsilon}_1), \sigma(\bm{\varepsilon}_2), \cdots, \sigma(\bm{\varepsilon}_n))\bm{C}_i$、よって
式 (4.11) を代入すると
式 (4.10) を用いると $(\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n')=(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)\bm{C}$ より
式 (4.12) と比較すると $\bm{B}=\bm{C}^{-1}\bm{AC}$。
定理4.10 線形変換 $\sigma$ の旧基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ のもとでの表現行列が $\bm{A}$、新基底 $(\bm{\varepsilon}_1', \bm{\varepsilon}_2', \cdots, \bm{\varepsilon}_n')$ のもとでの表現行列が $\bm{B}$、新旧基底の推移行列が $\bm{C}$ ならば $\bm{B}=\bm{C}^{-1}\bm{AC}$。
上の証明は基底の像ベクトルと表現行列の関係から導いた。以下ではベクトルとその像ベクトルの座標関係を用いて再証明する。
ベクトル $\bm{\alpha}$ と $\sigma(\bm{\alpha})$ の旧基底のもとでの座標をそれぞれ $\bm{x}=\begin{bmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{bmatrix}$、$\bm{y}=\begin{bmatrix}y_1\\ \vdots\\ y_n\end{bmatrix}$、新基底のもとでの座標をそれぞれ $\bm{\xi}=\begin{bmatrix}\xi_1\\ \vdots\\ \xi_n\end{bmatrix}$、$\bm{\eta}=\begin{bmatrix}\eta_1\\ \vdots\\ \eta_n\end{bmatrix}$ とする。定理4.9より $\bm{y}=\bm{Ax}$、$\bm{\eta}=\bm{B\xi}$。また新旧座標の関係より $\bm{x}=\bm{C\xi}$、$\bm{y}=\bm{C\eta}$(定理4.2)。
よって $\bm{\eta}=\bm{C}^{-1}\bm{y}=\bm{C}^{-1}\bm{Ax}=\bm{C}^{-1}\bm{AC\xi}$、$\bm{\eta}=\bm{B\xi}$ と比較すると $\bm{B}=\bm{C}^{-1}\bm{AC}$。
例題4.19. 例題4.16の線形変換の基底 $1, x, \dfrac{x^2}{2!}, \dfrac{x^3}{3!}, \cdots, \dfrac{x^n}{n!}$ のもとでの表現行列を求め、定理4.10を確認せよ。
解. 例題4.16の基底 $1, x, \cdots, x^n$ のもとでの表現行列を $\bm{A}$ とする。線形変換 $\sigma(f(x))=f'(x)$ の基底 $1, x, \dfrac{x^2}{2!}, \dfrac{x^3}{3!}, \cdots, \dfrac{x^n}{n!}$ のもとでの表現行列は $(n+1)$ 次行列
旧基底 $1, x, x^2, \cdots, x^n$ から新基底 $1, x, \dfrac{x^2}{2!}, \dfrac{x^3}{3!}, \cdots, \dfrac{x^n}{n!}$ への推移行列は
容易に
よって $\bm{C}^{-1}\bm{A}\bm{C}=\bm{B}$、定理4.10が確認された。
例題4.20. 例題4.17の射影変換について、次の2組の基底のもとでの表現行列を求めよ($n\neq0$ とする)。
解.
よって表現行列はそれぞれ
定義4.6 2つの行列 $\bm{A}$ と $\bm{B}$ について、可逆行列 $\bm{C}$ が存在して $\bm{B}=\bm{C}^{-1}\bm{A}\bm{C}$ が成立するとき、$\bm{B}$ と $\bm{A}$ は相似であるといい、$\bm{B}\sim\bm{A}$ と記す。
明らかに $\bm{B}$ と $\bm{A}$ が相似ならば $\bm{A}$ も $\bm{B}$ と相似である。$\bm{B}=\bm{C}^{-1}\bm{A}\bm{C}$ より $\bm{A}=\bm{C}\bm{B}\bm{C}^{-1}=(\bm{C}^{-1})^{-1}\bm{B}\bm{C}^{-1}$。
定理4.11 一つの線形変換が異なる基底のもとで対応する行列は互いに相似である。
定義4.6より、$\bm{A}\sim\bm{B}$、$\bm{B}\sim\bm{C}$ ならば $\bm{A}\sim\bm{C}$(推移律)。これは可逆行列 $\bm{P}, \bm{Q}$ が存在して $\bm{A}=\bm{P}^{-1}\bm{B}\bm{P}$、$\bm{B}=\bm{Q}^{-1}\bm{C}\bm{Q}$ であるから $\bm{A}=\bm{P}^{-1}\bm{Q}^{-1}\bm{C}\bm{Q}\bm{P}=(\bm{QP})^{-1}\bm{C}(\bm{QP})$。
2つの行列が相似であるならば、定理4.11より同一の線形変換の異なる基底のもとでの表現行列とみなせる。これをもとに次のことを証明できる。
定理4.12 すべての可逆 $n$ 次行列と可換な行列はスカラー行列 $a\bm{E}_n$ である。
$\bm{A}$ が任意の可逆行列 $\bm{P}$ と可換であるとする。$\bm{P}^{-1}\bm{AP}=\bm{A}$ が成立する。$\bm{A}$ を一組の基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ のもとでの線形変換 $\sigma$ の表現行列とみなすと、$\bm{P}^{-1}\bm{AP}=\bm{A}$ は基底 $(\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ のもとで $\sigma$ に対応する行列が依然として $\bm{A}$ であることを表す。$\bm{P}$ は任意の可逆行列であるから、$\sigma$ は任意の一組の基底のもとで対応する行列が $\bm{A}$ であることになる。
$\sigma$ が基底 $2\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n$ のもとでの表現行列も $\bm{A}$ であることを考える。
$(\sigma(\bm{\varepsilon}_1), \sigma(\bm{\varepsilon}_2), \cdots, \sigma(\bm{\varepsilon}_n)) = (\bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_2, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)\bm{A}$ より
仮定より以上2つの行列は等しい。よって
同様に $a_{ij}=0$($i\neq j$)が得られ、
次に $\sigma$ が基底 $(\bm{\varepsilon}_2, \bm{\varepsilon}_1, \bm{\varepsilon}_3, \cdots, \bm{\varepsilon}_n)$ のもとでの表現行列も $\bm{A}$ であることを考えると
同様に $a_{ii}=a_{jj}$($i,j=1,2,\cdots,n$)が得られるから
§4.1より、$n$ 次元線形空間の線形変換 $\sigma$ の一つの基底のもとでの表現行列が $\bm{A}$、別の基底のもとでの表現行列が $\bm{B}$ であれば $\bm{B}=\bm{P}^{-1}\bm{A}\bm{P}$($\bm{P}$ は旧基底から新基底への推移行列)。一般に $\bm{A}$ と $\bm{B}$ は異なる。すなわち同一の線形変換の異なる基底のもとでの表現行列は異なる。前節の例題4.17の線形変換(射影変換)は2組の異なる基底のもとで表現行列がそれぞれ $\begin{bmatrix}1&l&m\\0&0&0\\0&0&0\end{bmatrix}$ と $\begin{bmatrix}1&0&0\\0&0&0\\0&0&0\end{bmatrix}$ であった。
そこで次の問いが生ずる。線形変換 $\sigma$ に対して、表現行列が最も簡単になるような基底をどのように選べばよいか? 最も簡単な行列は対角行列
であるから、問題は表現行列 $\bm{A}$ が $\bm{P}^{-1}\bm{A}\bm{P}=\begin{bmatrix}\lambda_1&&0\\&\ddots&\\0&&\lambda_n\end{bmatrix}$ を満たす可逆行列 $\bm{P}$ が存在するかどうかということになる。
これが行列の対角化の問題である。与えられた $n$ 次行列 $\bm{A}$ に対して、その相似行列の中に対角行列が存在するかどうか、存在する場合はその対角行列を求めるにはどうすればよいか。行列の対角化の問題は線形変換の考えから導入されたが、実際にはどのような意味をもつのか。これらの問いが本節で議論する主要な問題である。
行列 $\bm{A}$ が対角行列に化せるとする。すなわち可逆行列 $\bm{P}$ が存在して
両端左から $\bm{P}$ を掛けると
$\bm{P}$ の $n$ 個の列ベクトルを $\bm{P}_i=\begin{bmatrix}p_{1i}\\ p_{2i}\\ \vdots\\ p_{ni}\end{bmatrix}$($i=1,2,\cdots,n$)とすると、上式は
と書ける。両端の列ベクトルを比較すると
これより、ある行列が対角行列に化せるならば、$n$ 個の線形独立なベクトル $\bm{P}_i$ が存在して線形変換後の像ベクトルが元のベクトルと平行(2ベクトルが線形従属であることを平行という)になる。
$\bm{P}_i$ と $\lambda_i$ を求めるために、上式を
と書き直す。問題は $\lambda_1, \lambda_2, \cdots, \lambda_n$ を求め、かつ線形方程式組 $(\bm{A}-\lambda_i\bm{E}_n)\bm{P}_i=\bm{0}$ の非零解を求めることに帰着される($\bm{P}$ が可逆であるから各列ベクトルはすべて非零ベクトルである)。斉次方程式組が非零解をもつ必要十分条件は係数行列式が0であること、すなわち $|\bm{A}-\lambda_i\bm{E}_n|=0$。
よって対角行列の対角要素を求めるには、次の代数方程式
の根を求めればよい。式 (4.13) を行列 $\bm{A}$ の固有方程式(特性方程式)といい、その根 $\lambda_1, \lambda_2, \cdots, \lambda_n$ を行列 $\bm{A}$ の固有値(特性値)という。ある固有値 $\lambda_i$ に対応する非零ベクトル $\bm{P}_i$($(\bm{A}-\lambda_i\bm{E}_n)\bm{P}_i=\bm{0}$)を固有値 $\lambda_i$ に対応する固有ベクトル(特性ベクトル)といい、多項式 $|\bm{A}-\lambda\bm{E}|$ を行列 $\bm{A}$ の固有多項式(特性多項式)という。行列 $\bm{A}$ の固有値は合わせて $n$ 個(重根を重複度に応じて数えた場合)ある。以下にいくつかの例を示す。
例題4.21. $V_3$ の一つの線形変換 $\sigma$ の一組の基底のもとでの表現行列が $\begin{bmatrix}1&2&-1\\2&1&0\\-1&0&1\end{bmatrix}$ であるとする。新しい一組の基底で $\sigma$ の新基底のもとでの表現行列が対角行列になるような基底は存在するか? 存在する場合、対応する推移行列および対角行列を求めよ。
解. 固有方程式は
すなわち $(\lambda-1)[5-(1-\lambda)^2]=0$。固有値は $\lambda_1=1$、$\lambda_2=1-\sqrt{5}$、$\lambda_3=1+\sqrt{5}$。
$\lambda_1=1$ に対応する固有ベクトルは方程式組
の非零解であり、非零解の一つは $\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}0\\1\\2\end{bmatrix}$。その余の解はこの解の定数倍である。
$\lambda_2=1-\sqrt{5}$ に対応する固有ベクトルは方程式組
の非零解であり、非零解の一つは $\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\sqrt{5}\\-2\\1\end{bmatrix}$。
$\lambda_3=1+\sqrt{5}$ に対応する固有ベクトルは方程式組
の非零解であり、非零解の一つは $\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\sqrt{5}\\2\\-1\end{bmatrix}$。
これら3つの固有ベクトルは線形独立であるから、列ベクトルとして並べて推移行列を作る。
線形変換の新基底のもとでの表現行列は対角行列
計算の正確性を確認するために $\bm{P}^{-1}\bm{A}\bm{P}$ を計算できる。
例題4.22. $V_3$ の一つの線形変換 $\sigma$ の一組の基底のもとでの表現行列が $\begin{bmatrix}2&0&0\\1&1&0\\1&1&1\end{bmatrix}$ であるとする。対角行列に化せるか。
解. 固有方程式は $(\lambda-2)(\lambda-1)^2=0$、固有値は $\lambda_1=2$、$\lambda_2=\lambda_3=1$。
$\lambda_1=2$ に対応する固有ベクトルは方程式組 $\begin{bmatrix}0&0&0\\1&-1&0\\1&1&-1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}0\\0\\0\end{bmatrix}$ の非零解。非零解は $\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=k\begin{bmatrix}1\\1\\2\end{bmatrix}$($k\neq0$)。
$\lambda_2=\lambda_3=1$ に対応する固有ベクトルは斉次方程式組 $\begin{bmatrix}1&0&0\\1&0&0\\1&1&0\end{bmatrix}\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}0\\0\\0\end{bmatrix}$ の解ベクトル。非零解は $\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}=k\begin{bmatrix}0\\0\\1\end{bmatrix}$($k\neq0$)。
行列には2個の線形独立な固有ベクトルしかなく、これらは $V_3$ の一組の基底を構成できないため、行列は対角行列に化せない。
例題4.23. 例題4.17の $V_3$ の線形変換 $\sigma(\bm{\alpha})=(\bm{\alpha}\cdot\bm{n})\bm{n}$ の基底 $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ のもとでの表現行列の固有値と固有ベクトルを求めよ。
解. 基底 $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ のもとでの表現行列は $\begin{bmatrix}l^2&ml&nl\\lm&m^2&nm\\ln&mn&n^2\end{bmatrix}$。固有方程式は
固有値は $\lambda_1=\lambda_2=0$、$\lambda_3=1$。
$\lambda=0$ に対応する固有ベクトルは方程式 $lx+my+nz=0$ に帰着し、2個の線形独立な解として($l\neq0$ とすれば)$(-m, l, 0)$、$(-n, 0, l)$ が取れる。
$\lambda=1$ に対応する固有ベクトルは方程式
の解であり、線形独立な解は $k(l,m,n)$($k\neq0$)のみである(各自確認せよ)。
これら3つの固有ベクトル $(-m,l,0)$、$(-n,0,l)$、$(l,m,n)$ が一つの新基底を構成し、行列は対角行列に化せる。
実際に計算すると $\begin{bmatrix}-m&-n&l\\l&0&m\\0&l&n\end{bmatrix}^{-1}=\begin{bmatrix}-m&\frac{1-m^2}{l}&\frac{-mn}{l}\\-n&\frac{-mn}{l}&\frac{1-n^2}{l}\\l&m&n\end{bmatrix}$、$\bm{P}^{-1}\bm{AP}=\begin{bmatrix}0&0&0\\0&0&0\\0&0&1\end{bmatrix}$ を確認できる。
幾何学的な意味から計算を簡略化できる。この線形変換の像は一つのベクトルを $\bm{n}=l\bm{i}+m\bm{j}+n\bm{k}$ 上に射影したものであるから、$\bm{n}$ に垂直なベクトルは固有値0の固有ベクトルであり、$\bm{n}$ 自体は固有値1の固有ベクトルである。$l\neq0$ のとき $-m\bm{i}+l\bm{j}$、$-n\bm{i}+l\bm{k}$ は $\bm{n}$ に垂直な2個の線形独立な固有ベクトルであり、$\bm{n}$ はそれらとまた線形独立なもう一つの固有ベクトルである。以上の3つのベクトルを基底とすれば、線形変換の表現行列は $\begin{bmatrix}0&0&0\\0&0&0\\0&0&1\end{bmatrix}$ に化せる。
例題4.24. 例題4.18の線形変換の表現行列の固有値と固有ベクトルを求めよ。
解. 基底 $\bm{i}, \bm{j}, \bm{k}$ のもとでの表現行列は $\begin{bmatrix}1-l^2&-ml&-nl\\-lm&1-m^2&-nm\\-ln&-mn&1-n^2\end{bmatrix}$。幾何学的な意味より固有値と固有ベクトルはそれぞれ $1, 1, 0$ と $-m\bm{i}+l\bm{j}$、$-n\bm{i}+l\bm{k}$($l\neq0$ のとき)と $l\bm{i}+m\bm{j}+n\bm{k}$ であるから
この結果は例題4.23から直接導ける。例題4.23の表現行列を $\bm{A}$ とすれば、例題4.24の表現行列は $\bm{E}_3-\bm{A}$ である。例題4.23より $\bm{P}^{-1}\bm{AP}=\begin{bmatrix}0&0&0\\0&0&0\\0&0&1\end{bmatrix}$ であるから
例題4.25. 例題4.16の線形変換 $\sigma(f)=f'(x)$ の基底 $1, x, x^2, \cdots, x^n$ のもとでの表現行列の固有値と固有ベクトルを求めよ。
解.
固有方程式は
固有値は $\lambda=0$($n+1$ 重根)のみである。$\lambda=0$ に対応する固有ベクトルは
よって固有ベクトルは $k\begin{bmatrix}1\\0\\0\\\vdots\\0\end{bmatrix}$($k\neq0$)であり、線形独立な固有ベクトルは1個しかない。
行列 $\bm{A}$ は1個の線形独立な固有ベクトルしかもたないため、$n\geq1$ のとき行列は対角行列に化せない。
以上の例から分かるように、ある行列は対角行列に化せるが別の行列は化せない。もし一つの行列が対角行列に化せるならば、その対角要素が行列のすべての固有値であり、この順序は(推移行列の列の順序を変えることで)任意に並べ替えられる。しかし対応する推移行列は唯一ではない。実際、各固有ベクトルには非零の定数倍の自由度があり、ある固有値に対応する線形独立な固有ベクトルが2個以上あるときは、それらが張る部分空間の任意の一組の基底を対応する固有ベクトルとして使える。
さらに行列の対角化を研究するために、まず次を証明する。
定理4.13 $\lambda_1, \lambda_2, \cdots, \lambda_r$ が行列 $\bm{A}$ の $r$ 個の互いに異なる固有値であれば、対応する固有ベクトル $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_r$ は必ず線形独立である。
(背理法)$\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_r$ が線形従属であるとすれば、少なくとも1つが0でない定数 $k_1, k_2, \cdots, k_r$ で
を満たすものが存在する。一般性を失わず $k_1\neq0$ とおき、上式の両端に行列を作用させると
$\bm{A}\bm{\alpha}_i=\lambda_i\bm{\alpha}_i$($i=1,2,\cdots,r$)より
式 (4.14) の $\lambda_r$ 倍を式 (4.15) から引くと
$k_1(\lambda_1-\lambda_r)\neq0$ であるから $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_{r-1}$ も線形従属である。
この操作を繰り返すと $\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_{r-2}$;$\cdots$;$\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2$;$\bm{\alpha}_1$ もすべて線形従属となるが、$\bm{\alpha}_1\neq\bm{0}$ であるから $\bm{\alpha}_1$ は線形独立である。矛盾。
系 $n$ 次行列 $\bm{A}$ が $n$ 個の互いに異なる固有値をもてば、$\bm{A}$ には $n$ 個の線形独立な固有ベクトルが存在し、したがって行列は対角行列に化せる。
この系は十分条件であって必要条件ではない。例えば例題4.23の行列の固有値は重根をもつが、対角行列に化せる。また単位行列 $\bm{E}_n$ は固有値 $\lambda=1$ という $n$ 重根をもつが、各非零ベクトルが固有ベクトルであるから対角行列に化せる。
もし一つの行列が対角行列に化せるなら、対角行列は唯一か。異なる場合、互いにどのような関係にあるか。
定理4.14 $\bm{A}\sim\bm{B}$ ならば $\bm{A}$ と $\bm{B}$ の固有多項式は等しく、したがって固有値も等しい。
$\bm{A}\sim\bm{B}$ であるから可逆行列 $\bm{P}$ が存在して $\bm{B}=\bm{P}^{-1}\bm{AP}$。$\bm{B}$ の固有多項式は
よって $\bm{B}$ と $\bm{A}$ の固有多項式は同じであり固有値も等しい。
系 行列 $\bm{A}$ が対角行列に化せるならば、対角行列の対角要素は $\bm{A}$ のすべての固有値であり、これら $n$ 個の固有値の順序は任意に並べ替えられる。
$\bm{A}$ が対角行列に化せるならば可逆行列 $\bm{P}$ が存在して $\bm{P}^{-1}\bm{A}\bm{P}=\begin{bmatrix}\lambda_1&&0\\&\ddots&\\0&&\lambda_n\end{bmatrix}$。定理4.14より $\lambda_1, \lambda_2, \cdots, \lambda_n$ は $\bm{A}$ の固有値であり、$\bm{P}$ の列ベクトルの順序を変えることで固有値の順序も対応して変えられる。
最後に、一つの固有値が $r$ 重根のとき、線形独立な固有ベクトルは最多でいくつあるかを調べる。
定理4.15 $\lambda_0$ が $n$ 次行列 $\bm{A}$ の $r$ 重固有値であれば、$\lambda_0$ に対応する固有ベクトルの線形独立な最大個数は $r$ 以下である。
(背理法)$\lambda_0$ に対応する固有ベクトルが $r+1$ 個線形独立であるとし、$\bm{\alpha}_1, \bm{\alpha}_2, \cdots, \bm{\alpha}_{r+1}$ とすると $\bm{A}\bm{\alpha}_i=\lambda_0\bm{\alpha}_i$($i=1,2,\cdots,r+1$)。
$n-r-1$ 個のベクトル $\bm{\alpha}_{r+2}, \bm{\alpha}_{r+3}, \cdots, \bm{\alpha}_n$(固有ベクトルでなくてよい)を選んで
が $n$ 次元ベクトルの一組の基底を構成するようにする。これら基底のもとでの座標を列ベクトルとして行列 $\bm{P}$ を作ると
この行列中 $\lambda_0$ の個数は $r+1$ 個であるから、ラプラス展開定理より $\bm{A}$ の固有方程式
は少なくとも $(r+1)$ 重の $\lambda_0$ をもつ。これは $\lambda_0$ が $\bm{A}$ の $r$ 重固有値であることと矛盾する。
例題4.22・例題4.25より、$\lambda_0$ に対応する固有ベクトルの線形独立な個数が $\lambda_0$ の重数より小さい場合もある。例題4.22では $\lambda_0=1$ が2重根であるが対応する線形独立な固有ベクトルは1個のみ、例題4.25では $\lambda_0=0$ が $n+1$ 重根であるが対応する線形独立な固有ベクトルは1個のみである。
系 $\bm{A}$ の固有値がすべて実数であるとき、行列 $\bm{A}$ が対角行列に化せる $\Longleftrightarrow$ $\bm{A}$ の各固有値に対応する固有ベクトルの線形独立な最大個数がその固有値の重数に等しい。
$\bm{A}$ を $n$ 次行列とし、固有値を $\lambda_1, \lambda_2, \cdots, \lambda_m$、重数をそれぞれ $r_1, r_2, \cdots, r_m$($r_1+r_2+\cdots+r_m=n$)とする。$\lambda_i$ に対応する $r_i$ 個の線形独立な固有ベクトルを $\bm{\alpha}_{i1}, \bm{\alpha}_{i2}, \cdots, \bm{\alpha}_{ir_i}$($i=1,2,\cdots,m$)とする。
合わせて $n$ 個の固有ベクトルが線形独立であることを示す。定数 $C_{ij}$ が存在して
とすると、この $m$ 個のベクトル $\sum_{j=1}^{r_i}C_{ij}\bm{\alpha}_{ij}$($i=1,2,\cdots,m$)は全て零ベクトルでなければならない。そうでなければある一つまたは複数の $i$ について $\sum_{j=1}^{r_i}C_{ij}\bm{\alpha}_{ij}\neq\bm{0}$ であり、それは固有値 $\lambda_i$ の固有ベクトルである。
式 (4.16) は互いに異なる固有値に対応する固有ベクトルを線形従属にすることとなり、定理4.13に矛盾する。よって
また $\bm{\alpha}_{i1}, \bm{\alpha}_{i2}, \cdots, \bm{\alpha}_{ir_i}$ が線形独立であるから $C_{ij}=0$($i=1,2,\cdots,m$;$j=1,2,\cdots,r_i$)、すなわち $n$ 個の線形独立な固有ベクトルが存在し $\bm{A}$ は対角行列に化せる。
逆に $\bm{A}$ のある固有値に対応する固有ベクトルの線形独立な最大個数がその固有値の重数より小さいならば、定理4.15より他の固有値に対応する固有ベクトルの線形独立最大個数はその重数以下であるから、合計の線形独立な固有ベクトルの最大個数は $n$ より小さくなり、行列は対角行列に化せない。
第5章では実対称行列がすべて対角行列に化せることを証明する。対角行列に化せない行列も、対角ブロック行列(ジョルダン標準形と呼ばれる)には化せるが、ここでは詳しく扱わない。
行列の対角化は計算法・力学など多くの分野に応用がある。以下では振動理論でよく現れる常係数微分方程式組の解法を通じて、行列の対角化の一つの応用を示す。
斉次線形常係数微分方程式組の一般形式は
ここで $a_{ij}$ は定数、$x_i$($i=1,2,\cdots,n$)は $t$ の未知関数である。この方程式組は行列で表すと
または簡略して
行列 $\bm{A}$ が対角行列に化せるならば、すなわち
式 (4.17) に代入すると $\dfrac{\mathrm{d}\bm{x}}{\mathrm{d}t} = \bm{P}\begin{bmatrix}\lambda_1&&0\\&\ddots&\\0&&\lambda_n\end{bmatrix}\bm{P}^{-1}\bm{x}$。$\bm{y}=\bm{P}^{-1}\bm{x}$、$\bm{x}=\bm{Py}$ とおくと $\dfrac{\mathrm{d}\bm{x}}{\mathrm{d}t}=\bm{P}\dfrac{\mathrm{d}\bm{y}}{\mathrm{d}t}$。
$\bm{x}$ を消去すると $\bm{P}\dfrac{\mathrm{d}\bm{y}}{\mathrm{d}t}=\bm{P}\begin{bmatrix}\lambda_1&&0\\&\ddots&\\0&&\lambda_n\end{bmatrix}\bm{y}$、左から $\bm{P}^{-1}$ を掛けると、方程式は
と分離される。その通解は $y_i=k_i\mathrm{e}^{\lambda_i t}$($i=1,2,\cdots,n$)であり、$\lambda_i$ は $\bm{A}$ の固有値、$k_i$ は任意定数($i=1,2,\cdots,n$)。よって
これが元の微分方程式組の通解である。特定の問題の特解を求めるには、初期条件 $t=0$ における $x_1, x_2, \cdots, x_n$ の値を代入して定数 $k_1, k_2, \cdots, k_n$ を決定すればよい。
例題4.26. 次の微分方程式組の通解を求めよ。
解. まず係数行列の固有値と固有ベクトルを求め、対角行列に化せるかどうかを確認する。固有方程式は
固有値は $1, -1, 2$。対応する一組の固有ベクトルを求めると
推移行列を
とすると、式 (4.18) より方程式組の通解は
すなわち